高賀神社 | ( こうかじんじゃ ) |
所在地 | 岐阜県関市洞戸高賀1217 |
由 緒 |
高賀山を囲む高賀六社の一社。 言い伝えによれば、霊亀年間、高賀の地には光を放つ魔物が住み着いた。 これを聞いた朝廷は使者を派遣し、この山の麓に21柱の神々をまつり、退魔の祈祷を行なった。すると魔物は姿を消したとされる。 その後、この山は「秀でて高き故まためでたい」という意味で「高賀山」、神社を「高賀山大本神宮大行事神社」と名付けたとされる。 平安時代から室町時代にかけて、白山信仰の影響を受け、本地垂迹説により十一面観音(白山比盗_)、大日如来を本地仏として信仰された。 さらには、牛頭天王信仰、虚空蔵菩薩信仰がされていた。 |
創建年 | 養老年間と伝わる。 |
主祭神 | 23柱を祀る |
備 考 | 円空のゆかりの地 「円空記念館」 江戸時代前期の天台宗僧侶、円空は全国行脚の中で、数回、高賀神社を訪れ修業を行なっているという。 確実なのは1671年(寛文11年)、1684年(貞享元年)、1692年(元禄5年)の3回である。 円空はまた、最晩年をこの地で過ごしたと伝えられ、円空仏の最後の作と言われている歓喜天像ほか、多数の仏像が高賀神社に奉納されている |
参拝日 | 2019年4月20日 |
拝 殿 |
右・本殿 左・八幡神社本殿 |
伝説 藤原高光公と魔物「さるとらへび」退治の像 |
円空記念館 |