刺田比古神社 | ( さすたひこじんじゃ ) |
鎮座地 | 和歌山県和歌山市片岡町2丁目9番地 |
由 緒 |
数々の兵乱により古来の祭神は明らかとなっていない。 『紀伊続風土記』(江戸時代の紀伊国地誌)神社考定之部では刺国大神・大国主神とされており、明治に入って変更があったと見られている。 社名は古くから「九頭明神」とも称されたと言い、『紀伊続風土記』所収の「寛永記」や天正17年(1589年)の棟札に「国津大明神」、慶安3年(1650年)の石燈籠に「九頭大明神」、延宝6年(1678年)の棟札に「国津神社」ともある。 以上から、この「九頭」は「国主」の仮字であり、本来は地主の神とする見解がある。 神社側の考察では、祭神さえもわからないほど荒廃した刺田比古神社を氏子が再興した際、氏子が「国を守る神」の意で「国主神社」としたとして、また大国主命を祭神とする伝承も生まれたとしている |
御祭神 | 道臣命 大伴佐氐比古命 |
参拝日 | 2022年6月9日 |
神馬舎 |
稲荷社 |
手水舎 |
金毘羅社 宇須売社 |
拝 殿 |
本 殿 |
摂社 末社 |